「モールさん」
「…なんですか」
「いいかげんちょっと苦しいです」
「…」
「ちょっと、黙らないで下さいよ」
「…」
「モールさんったら」
「…もう少し…」
そう言うとモールさんは背中に回した腕に力をこめた。
「ちょっ、モールさん苦しいって!」
「…」
「もー…!!」
どうしたものか、この抱きつき癖。
毎回毎回会うたびにこれじゃあ…ちょっと困る。
「ねぇ、モールさん」
「…どうしましたか」
「どうしていつもこんなに抱きつくんですか」
「…聞きたいですか」
「え?」
「理由…聞きたいですか?」
「あ、まぁ…はい理由を今聞いてるわけですし」
「…」
ぎゅっ、と回された腕がまた強くなった。
「ほら、言ってくださいよ…!」
「…私は目が見えません」
「はぁ…」
「貴女も全く見えません」
「ですね…」
「どうして私を好きになった、と今思ったでしょう?」
「はい」
「暖かかったからです」
「はい?」
「確か、私たちが出会ったのは」
「ちょっ、モルさんストップ!」
「なんですか」
「好きになった理由って…それだけですか?」
「…そうですよ」
「…え、そんな…こう運命を感じたとか!!」
「生憎私は運命とか…そういったものを信じませんし」
「…」
「どうかしましたか、さん」
「いえ…なんでも…どうぞ話を続けてください…」
「…落ち込んでいるんですか?」
「…別に…」
「隠してもわかりますよ…?」
「正直ショック受けました」
「素直ですね」
「…」
「…私達が出会ったのは私の家の前でしたね」
「…」
「家を出ようとした私に、貴女がぶつかって来ました」
「…すいませんでした」
「いえ、気にしていませんよ。その時です」
「好きになったのが?」
「ええ。とても暖かかった…」
「…もし」
「もしあなたがどんなに醜い顔をしていようとも、
どんなに美しくとも私には関係のないことです」
「…」
「だって、私は何も見えないのだから」
モールさんは私の肩口に顎を乗せ、背中へ頭を垂れた。
空いているらしい片手で私の頭をわしわしと撫でながら。
「見えないからこそ…貴女の真実をこの身で感じ取ることが出来ている」
「モールさんは、暖かかったら誰でもよかったんですか…」
密着しあった胸同士が音を互いに響かせているのが分かる。
モールさんの鼓動はいつもと変わりなかった。
こういう話をしてるときくらい、少しくらい、速くなってくれてもいいのに。
「いいえ、暖かかったのはきっかけではないでしょうか」
「きっかけ、ですか」
「もし、私のこの目が見えたとして、誰か美しい人に恋をしたとします」
頭に乗っていた手の感触が消えた。
きっとモールさんが今サングラスを指差しているのだろう。
「…でもきっと、長くは続かないでしょう」
「どうしてですか?」
「いきものである以上、お互いに合わない部分もあるんですよ。
そして顔がよければそちらを優先して、そのことを考えなくなってしまう…」
「つまり、顔がよくて自分に性格諸々ベストマッチな人はいない、と」
「正しくは、探しづらい…でしょうかね。私自身もまた、特異な性格ですから…」
「…」
「…目が見えずに不便なことは数え切れないほどあります。
しかし、こういう面では逆に盲目になってありがたみすら感じますよ」
「ありがたみって…」
「こうして、貴女を探し出すことが出来た」
「そう、ですか。ってそんな素面で恥ずかしいこと言わないで下さいよー!」
「…目が見えなくて不便なことの一つに、貴女が見えないというのがあります」
「え」
「顔は先ほど言ったとおり…それよりも貴女は本当にそこにいるのか、
本物のさんはそこにいるのかが問題です」
「本物って…」
「視覚以外で物事を感じ取るというのはやはり難しい…だから時々不安になるんです」
「モールさんが不安に?」
「ええ。だからこうして暖かさを感じて、さんの存在を感じています」
「もし私が私でないとしたら?」
「そんなこと、すぐにわかりますよ」
「…」
あ、今ちょっとモールさん脈が速くなった。
「流石に今のは恥ずかしかったんですか」
「…そんなことありません」
「嘘。今ちょっと心臓が速くなりましたよ」
「さんは私が抱きしめたときからおかしいくらいに速いですね」